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作者のご厚意にて転載させていただきました。
サイト名にリンクをはっています。気に入りの作品に出会えたら、ぜひ、訪ねてみてください。
安住 洋子 久遠(くおん)の月 400字詰原稿用紙
約58枚
著者略歴/大阪府出身。江戸時代小説「しずり雪」で「第3回長塚節文学賞」受賞。同題名の作品集でメジャーデビュー。
著者HP/「安住洋子のHP
1600年代、ドイツ・ネッカー川沿いの小さな町で。遍歴職人の彫刻師は城主から聖母像の依頼を受ける。繊細な筆致で紡ぎだされる物語はまさに珠玉。再読、三読にたえる傑作。
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作品冒頭

 夜のとばりが降りかけた頃、数人のツアー客と共に古城の塔に登った。窓から吹き込む風に秋の兆しを感じ、大きく息を吸ってみる。気怠い夏の一日が終わり、疲れた身体に心地良い。
 眼下にネッカー川が蛇行しながらゆったりと流れていく。川面は陽の名残を僅かに残した暮れ色の空と、オーディンヴァルトの森の影を映し込んでいた。
 暗い森と水量豊かな川は城に人が住んでいた頃と何も変わっていないのだろう。何百年も前にこの城に住んでいた人たちも、同じ景色を見ていたのかと不思議な感覚に捕らわれる。その頃と今とが一瞬にして繋がっているような、そんな錯覚を覚えたのだ。
 『古城の幽霊ツアー』と銘打つだけに、城の案内は夕刻から始まった。この小さな城の外郭は全壊、丘の尾根に沿って残っている城壁も半分は崩れたまま消失し僅かに形骸を残すのみだ。内郭と塔だけが当時の面影を今に伝えていた。古城街道にあまたある有名な城ではない。今夜一泊する小さなペンションのオーナーにすすめられ、ツアーに参加してみる気になったのだ。ペンションが格安なので観光地でもないこの地に泊まることにしたのだが、見るところがあるならそれに越したことはない。トラベルライターなど掃いて捨てるほどいる中で、少しでも面白いものを見ておいて損はないのだから。
 幽霊はともかく、夜の古城内はホテルにでもなっていない限り見る機会はない。熱心に修復されているとはいえない小さな城にはかえって中世の趣が残っていた。階段に観光客用の手すりもなければ、スポットライトも注意書きのプレートもない。ガイド嬢の懐中電灯の明かりだけが頼りだった。『幽霊ツアー』だということを忘れて興味深く城内を進んできた。

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安住 洋子 雨傘 400字詰原稿用紙
約10枚
著者近況/2004年3月20日に『しずり雪』(小学館)を刊行。好評をいただいていた『寒月冴える』は同書に収録されましたのでライブラリーから外させていただきました。(編集部) 三十数年前に家を出ていった息子の訃報が届いた――。母子のあいだに少しずつ蓄積していったすれちがい。霧雨にそぼぬれる早春の京都に、悔いとあきらめをいだいた老母がたたずむ。
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作品冒頭

 傘を手に取り、玄関の重い引き戸を力一杯開けたつもりだった。しかし、戸は軋み途中までしか開かなかったのだ。香奈子は右半身をしたたか戸にぶつけ声も出なかった。
「どないしたんや」
 奧から父親の良二が声をかけた。
 京都の町家は奥行きが深く、土間が長く続いている。つっかけの左右を履き違えたまま良二が駆け寄ると、香奈子はようやくうめき声をあげた。
「もう、せやから、この戸ぉ、早よ代えた方がええってゆうてたやんか」
「えらい音やったな」
 香奈子は右目を押さえた。
「湿気てくるとよけい重なるんよ、この戸ぉ。雨が降りそうやから、おばあちゃんに傘渡そと思たのに、行ってしまいはった。どこ行かはるんやろ」
 香奈子は頬、肩、腰、足としきりになでさすり玄関から外を窺う。
「行くあてなんかあらへん。放っといてあげたらそんでええんや」
 良二は早くも赤く腫れてきた娘の右の瞼を見て、「痛そうやな」と顔をしかめた。
 三十年近くも音信不通だった兄浩一が亡くなったと知らせが届き良二も驚いた。しかし、実感がなく、今は悲しいよりなんやら不憫やなという思いの方が先にたつ。兄は自分から家を飛び出したのだが、父親に勘当されたも同じだったのだ。
 年老いた母親の痛手は思いやったつもりだが、慰める術はない。そっとしておくしかないと思い、「ちょっと、そのへん行ってくるえ」と出ていった母親を止めはしなかったのだが、雨が降りそうだとは気が付かなかった。
 祖母を気遣い傘を持ったまま玄関で立ち尽くしている高校生の我が娘を見て、またこの家が揺れるのかと良二はやや気にかかる。
(兄貴も辛かったんやろうけど、残ったこっちもたいへんやったんや。特におかあちゃんはな。もう悲しますのやめたりや。逆縁はきついで、兄貴)
 良二は母親の姿はないと承知の上で路地に顔を出してみた。奧にしか窓や庭のないうなぎの寝床の家から玄関を出ると、普段は外の明るさに一瞬目を細める良二だが、今日は朝から外も暗かった。
 確かに雨が近い。
 向かいのお寺の桜が散り始めている。湿り気を帯びた石畳の路地に花びらが舞っていた。

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ずうやぎ 大吾の海 400字詰原稿用紙
約65枚
著者略歴/宮城県出身。住宅関連業界で多忙な日々を送りながらもネットカフェで小説を執筆、アップロードしている。
著者HP/「blue note
「俺は帰って来たんじゃねえ、逃げてきたんだ」。そのことばの真意が、十五歳の大吾にはわからなかった。少年が経験したひと夏のきらめき。繊細な視線と圧倒的な描写力に酔う一篇。あとがき付。
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作品冒頭

「さよなら」と口にすることはなかった。
 大吾も言わなかった。最後にするつもりはなかったから。
 だが、もう、思い出せない。海の色も、あの頃どうやって笑っていたのかも。


「大吾ー! おせどぉ! おいでぐどぉ!」
 一艘の釣り船が、凪いでいる海へ漕ぎ出そうとしていた。エンジンがブルンと唸りをあげる。五人も乗ればいっぱいになってしまう船上に六人の若者が立ち、一人遅れてやってくる大吾へ声をかける。
「待っでろ、このぉ! オイも乗せろー!」
 走る大吾が滑り込むのと、船が沖合いへと走り始めるのと、ほぼ同時だった。
「ばがぁ和馬おめ。オイのおかあ、握り飯持ってけって持たしてけだから遅くなったんだべ。おめには食せねど」
 息を切らしながらも、大吾は操舵席を陣取る和馬を睨みつけた。
「わりぃわりぃ。冗談だべ。機嫌なおせでば」
 がははと笑う和馬はちっとも反省などしていない。
 大吾は沖合いに目をやった。
 今日の潮は穏やかで絶好の釣り日和。見上げた空と足もとの海はまるで双子のようにそっくり同じ青だった。波頭ひとつ立っていない。ベタ凪ぎだった。
「大吾ぉ、握り飯は何入ってんだ? ウニか?」
 仲間の一人が大吾の持つ紙袋の中を覗き込む。
「あほ、ワカメご飯だ」
 なあんだ、と笑われてムッとする。大吾の母はワカメの養殖で生計を立てていた。組合への出荷と、今流行りの地場産品の通信販売が主な仕事。現在中学三年生である大吾は六年前に父を亡くし母の苦労を知っているため、ワカメご飯を笑われると母親を馬鹿にされたような気分になってしまうのだ。

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上庄 巧馬 かりやのまお 400字詰原稿用紙
約108枚
著者略歴/関東在住。自称80歳。創作に取り組みはじめたのは高校時代から。「プロを越えるアマに」なるのが目標という頼もしい存在。
著者HP/「うなぎのねどこ
“現代の隠れ里”の異名を持つN県狩谷市。旧暦1月15日に執り行われる奇祭・闇会合(やみえごう)を前に猟奇的な殺人事件が起きる。伝説と人間の業が交錯したとき、ついに惨劇の幕が開いた。
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作品冒頭

 小豆色の空に、風花が舞っていた。
 空気がやけに冷たい。この分だと夜半には、本格的に雪が降り出すだろう。
 彼女はコートの前をかきあわせ、小さく身震いした。視界の片隅に、町の灯りが微かに滲む。彼女は神社に続く山道を、何かに憑かれたように足早に登っていた。
「急がなければ」
 彼女は喘ぐように呟いた。刻限は迫っている。急がなければ、間に合わない。どうしようもない焦りが、彼女を包んだ。
 旧暦一月十五日。今年に入って初めての満月。初望月の日は、成人の祭りが行われる。それまでに。その時までにこの土地を出なければ。
 この、呪われた土地、狩谷を。
「もうすぐよ、もうすぐ」
 己を励ましつつ、更に足を早める。この〈真火(まお)〉の奥宮さえ越えてしまえば、もう怖いものはない。それにこの石段を登り詰めれば、そこにあの人が待っている。そう思うと、自然、足も早まった。
 まわりで、木々がざわめいている。

 神社の一隅の大杉に、若い男女の遺体が釘で打ち付けられているのが発見されたのは、その翌朝のことだった。

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八仙花 鬼喰 −たまはみ− 400字詰原稿用紙
計約393枚
著者紹介/愛読書は辞書、辞典というだけに、ことばに対するまなざしは、きびしく、そしてやわらかい。構成と人物造形の妙に定評がある。
著者HP/「花明かりの庭
鬼(魂魄や霊、物の怪)を喰う者を“鬼喰”と呼ぶ。鬼喰の血が流れる大学生と霊視能力をもつモグリ神官の凸凹コンビを待ち受ける怪異の数々! 中篇2、短篇1、掌篇3の計6作品を収録。
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作品冒頭

 失業した。十五年来の職を失った。
 寒空のもと、私はため息をついた。灰色の雲がわたしの人生まで覆おうとしている。
 困ったことになった。
 私の視線の先には、高速道路高架建設のための説明が記された看板が、ふんぞり返った役人のように立ちふさがり、わたしが内に入ることを阻んでいる。
 そこは先日まで私の職場のあった場所だった。
 職場といっても、企業ではない。もちろん、役所でもない。もし役所だったなら、高速道路がそれを避けただろう。
 私は一応神職で職場は神社だった。しかし神主ではない。ただの祝《はふり》、しかもモグリである。
 神社と一口に言っても、いろいろあるが私の勤めていた神社の祭神はウカノミタマノカミ、つまりお稲荷さんだった。
 わたしは十八歳で家を出てから今日まで、ここで祝の真似事をしながら、住込みで働いていた。
 ここはわたしの家であり、職場であり、少々大げさに言うならば人生だった。
 その神社が、なくなってしまった。
 正確に言うと、移転してしまったのだ。高速道路が敷設されるライン上に位置したために。
 移転先は神主さんのおうちの庭の一角である。
 時代の流れです、と彼は言い、笑った。
「わたしも、こちらのお稲荷さんも、これからは楽隠居をするんです。のんびりとね」
 そう言いながら愛しそうに、小さな社を見つめた。

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草野あずみ ガラス窓のある風景 400字詰原稿用紙
約178枚
著者紹介/愛知県在住。詩からはじまった創作活動は小説、随筆へと豊かに広がっている。「書くことは、私の魂の部分」と言い切る実力派。
著者HP/「風つむぎ
雨の休日。一通の電話。「先週貸した楽譜、あしたもってきてくれる?」――それは、3年前の祐一からのものだった。“遠のくほどに、いとしい時間たち”との邂逅の旅路を由希子は歩みはじめる。
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作品冒頭

 思い出は降りしきる雨のようだ。
 十一月の雨は音もなく降りつづき、時折窓の下を通り過ぎる車だけが、水たまりの浅い音で雨の冷たさを伝える。ひと雨ごとに冬へと歩みよるこの季節、過去はさらさらと私の目の前に広げられ、重なり合いながら、ゆっくりと流れていく。ガラス窓ごしに、それらは雨に溶け込んでいく。雨の休日、私は飽くことなく終日それをながめている。

 さっきから電話の呼び出し音が規則正しく鳴りつづけているのを、浅い眠りの中で聞いていた。どのくらい鳴っていたのか分からない。まだぼんやりしたまま、ソファからゆっくり手をのばして受話器をとる。ぎゅっと耳におしつけると、思いがけなく懐かしい声がとびこんできた。
「もしもし。由希子?」
 眠気が吹き飛ぶ。あたたかな、懐かしい声。静かに、注意深くたずねるその口調。あまりに自然で、私ははい、といつものように答えたのだった。
 彼とは――祐一とはもう三年も会っていない。正確には三年と八ヶ月。あの頃、私たちはまだ学生で、学生にありがちな出会いをし、学生にありがちな別れをした。ありふれた恋の形ではあったけれど、もう二度とあり得ない、たったひとつの恋。いとおしい年月のかけらが、ジグソーパズルのピースのように、からからと心の中で音を立てる。
「あした、二時に、いつものところ。会える?」
 私は、過去の流れの向こう側にすべりおちてしまいそうだった今日一日を思った。今、過去は過去であり、現在は現在としてきちんと機能している。電話で祐一とつながったことでそれを確信できたのだった。

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カラス ある日、野沢菜 400字詰原稿用紙
約91枚
著者敬白/「読んでくださった人が少しでも幸せな気分になり、ちょっと立ち止まってもう少し頑張ってみようかなと思っていただければ……」
著者HP/「ゆるり
良二が消えた。ひとり残された小太郎のもとに、ゲイバーのママ、ヴィヴが現れる。傷つくことを恐れ無関心の殻に閉じこもった五十男の変化を、豊かな内面描写をとおして描ききった秀作。
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作品冒頭

 寝起きのままテレビを眺めながら、俺は湯を沸かそうかどうしようかぼんやりと考えた。
 朝起きて一番にした事といえば、三日前に姿を消した同居人がまだ戻って来ていないのを確認しただけ。確認だけしてそれ以上は何も考えようとせず、テレビをつけ、コーヒーが飲みたいけど湯を沸かすのが面倒だしグズグズしているのである。
 日頃からの怠惰な生活は一人になってみると身に沁みてくる。いつも同居人が何でもしてくれているのだ。
 俺は殺人事件ばかり扱う番組をしばらく眺めていたが、やがて諦めて立ち上がった。
 ここでボンヤリしていても湯は沸かない。コーヒーも飲めない。
 溜め息をつきながらヤカンを探していると、不意に戸を叩く音が聞こえた。
 安アパートには頑丈なセキュリティーなど存在しない。面倒な客は居留守に限る。
「ちょっと、いるんでしょ。分かってんのよー」
 がさついて野太い声のオネエ言葉だ。
 面倒な客なんだろう。
「コタローさん! 出てらっしゃい。いるのは分かってんのよ! すり硝子に映ってるデカイ頭はあんたのでしょ!」
 玄関の横が台所だから影が見えるのももっともだった。
 俺は舌打ちをすると、しぶしぶドアを開けた。
 そこには真っ赤なスーツを身に纏い、ギトギトの化粧をした五十がらみのオカマがいた。
「……どちらさん?」
 一人暮しなら「オカマに知り合いはいねぇよ」と言って追い返すところだが、ここにはもう一人住んでいる人間がいる。無下に追い返すわけにもいかなかった。
「いるんなら早く開けなさいよね!」
「だからどちらさんだよ!」
「来客に向かって何怒ってんのよ! あんたホントにコタローさん? 音楽室のベートーベンみたいだわね」
 確かに俺の名前は小太郎である。
 顔も厳つい。
 しかしこんな年増のオカマに名前を連呼されたりする覚えはない。

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